あれは蒸し暑い夏の深夜二時のことであり、喉の渇きを癒やそうと静まり返ったキッチンの電気をつけた瞬間に、私は人生で最大級の戦慄を覚えることになりましたが、フローリングの中央に鎮座していたのは、私の広げた手のひらほどもある巨大なアシダカグモの姿であり、その長い足が月明かりを反射して黒光りする光景に、私は悲鳴を上げることもできずにその場に硬直してしまいました。当時の私は、くもといえば天井の隅に小さな網を張る程度の存在だと思い込んでいましたから、目の前に現れたその「野生」の剥き出しの迫力に、自分のテリトリーが未知の怪物によって侵食されたという深い絶望感に襲われ、震える手で殺虫スプレーを手に取りましたが、その瞬間に私の脳裏には以前聞いた「アシダカグモは軍曹と呼ばれるほど優秀なゴキブリハンターである」という知識が微かな希望として浮かび上がってきたのです。私はノズルを構えたまま奴と数分間にわたり無言の対峙を続けましたが、奴はこちらの殺気を察知したのか、長い触肢を忙しなく動かしながら、一ミリの無駄もない機敏な動きで冷蔵庫の裏にある僅かな隙間へと吸い込まれるように姿を消し、あとに残された私は、いつ足元を駆け抜けていくかわからない恐怖と、一方で奴がいれば嫌なゴキブリを退治してくれるという期待の間で、朝まで一睡もできないほどの疑心暗鬼に苛まれることになりました。しかし、不思議なことにその夜を境に、それまで毎晩のように悩まされていたキッチンのあの黒い影の気配が嘘のように消え去り、私はあの「軍曹」が夜な夜な私の代わりに、自分には手の届かない壁の裏側の闇をパトロールし、不衛生な侵略者たちを一掃してくれているのだという確信を持つようになり、恐怖心はいつしか感謝の念へと変わっていきました。アシダカグモとの遭遇は、私に「清潔さとは、目に見えるものを取り除くことだけでなく、自然界の適切な循環を自分の家の中に受け入れることにある」という、文明的な生活に慣れきった私が忘れかけていた厳格な教訓を教えてくれましたし、今では時折、壁を走る奴の影を見るたびに、私は「今夜もよろしく頼むよ」と心の中で語りかけ、安らかな眠りにつくことができています。彼らは獲物がいなくなれば自ずと次の狩場を求めて家から去っていくという潔い性質を持っており、彼らが去る時こそが、その家が真の意味でクリーンになった証なのだという物語を知った時、私は自分の住まいが単なる箱ではなく、多様な命が関わり合う一つの宇宙であると再定義することができたのです。深夜の遭遇という不快なハプニングは、私をくも嫌いの被害者から、生態系の知恵を重んじる住まいの主権者へと進化させてくれた貴重な通過儀礼であり、あの巨大な脚の持ち主への畏敬の念は、今でも私の清潔な暮らしを支える最強の精神的な盾となっています。
深夜のキッチンで巨大な軍曹くもと対峙した恐怖の夜