飲食店におけるゴキブリ対策は、単にお客様を不快にさせないための、接客マナーの一環ではありません。それは、食品を提供する事業者として、法律によって定められた、果たさなければならない「義務」であり、現代の食品衛生管理の国際基準である「HACCP(ハサップ)」の考え方においても、極めて重要な要素として位置づけられています。この法的、そして科学的な側面を理解することは、ゴキブリ対策の重要性を、より高い次元で認識するために不可欠です。まず、日本のすべての飲食店が遵守しなければならない「食品衛生法」では、営業者は「施設の内外を常に清潔に保つこと」が義務付けられています。そして、その具体的な基準として、厚生労働省が示す手引書などでは、「ねずみ及び昆虫の駆除作業を、定期的に(六ヶ月に一回以上)実施し、その記録を一年間保存すること」が求められています。つまり、ゴキブリ対策は、任意で行うものではなく、法律で定められた、事業者の責任なのです。もし、保健所の立入検査の際に、厨房内でゴキブリの生息が確認されたり、駆除の記録が保管されていなかったりすれば、それは明確な法律違反として、口頭指導や、改善が見られない場合は営業停止といった、厳しい行政処分の対象となります。さらに、二千二十一年六月から、原則としてすべての食品等事業者に、HACCPに沿った衛生管理が制度化されました。HACCPとは、食品の製造工程における危害要因(ハザード)を分析し、それを管理することで、製品の安全を確保する衛生管理の手法です。この中で、ゴキブリ対策は、HACCPの土台となる「一般的衛生管理プログラム」の、極めて重要な項目の一つである「防虫防鼠対策」として明確に位置づけられています。つまり、ゴキブリのいない清潔な環境を維持することは、安全な食品を提供するための、最低限の前提条件である、ということです。ゴキブリの存在は、それ自体が、食品への異物混入や、病原菌汚染といった、重大な危害(ハザード)となり得ます。ゴキブリ対策を徹底することは、法律を遵守し、お客様の健康を守るという、飲食店の社会的責任を果たすことであり、同時に、自店の衛生管理レベルの高さを証明する、最も分かりやすい指標の一つなのです。その一匹の虫の背後には、法律と、科学と、そして食の安全に対する、重い責任が乗っていることを、決して忘れてはなりません。