都心の路地裏で、長年の夢だった小さなイタリアンレストランを開業して、三年目の夏のことでした。私の順風満帆だったはずの経営者人生は、ある日を境に、一匹の小さな茶色い虫によって、地獄へと突き落とされたのです。最初は、閉店後の厨房の片隅で、一匹のチャバネゴキブリを見かけただけでした。その時はまだ、「古いビルだから仕方ないか」と、市販の殺虫スプレーで対処し、あまり深刻には考えていませんでした。しかし、それが全ての過ちの始まりでした。数日後には三匹、一週間後には十匹と、その数はネズミ算式に増えていきました。私は、ドラッグストアで手に入るあらゆる種類のベイト剤や捕獲器を買い込み、厨房の至る所に設置しました。しかし、彼らの繁殖スピードは、私の素人対策のはるか上を行っていました。コールドテーブルの下、製氷機の裏、壁のわずかな隙間。彼らは、私の知らない場所で、着実にその帝国を拡大していたのです。そして、ついにその日がやってきました。お客様が食事をしているテーブルの近くの壁を、一匹のゴキブリが横切ったのです。お客様の短い悲鳴と、凍りついた店の空気。あの瞬間の、血の気が引くような感覚は、今でも忘れられません。その日の夜、私は一人、薄暗い厨房で途方に暮れていました。もう、この店も終わりかもしれない。そんな絶望的な考えが頭をよぎった時、私は震える手で、スマートフォンを手に取り、「飲食店 ゴキブリ駆除 専門」と検索しました。藁にもすがる思いで連絡した業者の方は、翌日すぐに駆けつけてくれました。そして、私の素人目には見えなかった、厨房機器のモーター部分や、壁の内部にまで広がる、深刻な汚染状況を、的確に指摘してくれたのです。プロによる徹底的な駆除作業は、数回にわたって行われました。そして、それと並行して、私は業者の方のアドバイス通り、日々の清掃方法を根本から見直しました。グリストラップの管理、厨房機器の移動清掃、そして侵入経路となる隙間の封鎖。数週間後、あれほど私の店を支配していた黒い影は、嘘のように姿を消しました。あの日、プライドを捨てて専門家に助けを求めた私の判断は、決して間違いではなかった。ゴキブリのいない清潔な厨房を取り戻した今、私は以前にも増して、お客様に安全で美味しい料理を提供できる喜びを、噛み締めています。
私の店がゴキブリ地獄から復活した話